2006年09月17日

旅と直観 その2

北海道(特に道東)を旅して、驚いたことには、持参したPHSがほとんど役に立たなかったということです。

ウトロはもちろん、知床斜里駅でも、アンテナがまったく立たないのです。

かといって北海道は通信環境が劣悪というのではまったくないようです。

周りを見渡すと大勢の人が普通に携帯電話を使っているからです。

どうやら自分が利用している通信会社は道東をカバーしきれていないということだけのようです。

最初は困ったな、と(少しは)思いましたが、数日たってみれば、携帯が一切つながらないといったところで、何ら不都合はないのだということに気付きました。

インターネットにつながらなくったって、日常生活にはまったくといっていいほど差しさわりがありません。

むしろ、ふだん、愚にもつかないサイトを楽しんで時間を浪費してしまう自分がすっかり影を潜めたせいで、日中も夜の時間も、本を読んだり、散歩したり、出来事を紀行文にまとめるなどして、逆にきわめてクリエイティブに有意義に過ごすことができました。

インターネットからもたらされる膨大な上表は非常に便利であると同時に、もしかしたらきわめてキケンなものかもしれません。

特に必要でもないことがらに嬉々として時間を浪費する自分が影を潜めたことで、ぬっと顔を出してきたのは、語りたくてしようがない自分、何ごとか(自分の経験、知り得た情報)を発信したくてしようがない自分だったのです。

(きょうはここまで)

【写真】ウトロの知床プリンスホテルで夕食(カニ食べ放題)
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kani-prince.jpg

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posted by SHOJI at 12:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅と直観シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月11日

旅と直観 その1

北海道を横断する旅行から帰ってきて、旅の効用というものを考えました

前にも書いたことがあるかもしれませんが、旅先で、私は自身の人生を大きく変えうる転機を多々得てきたように思います

それは旅先で手にした本であったり、旅先のとある場所でふと得た(降って来たような)インスピレーションであったりします

普段の生活と、旅先での生活との間では、一体なにが違うのでしょうか?

「情報が制限された状況」

ということを思いつきました

ふだん、自宅や事務所にいるようなときは、多くの情報があふれています

新聞や雑誌、テレビ(ニュース程度しか観ることはないが)、極めつけはインターネットです

時々刻々ともたらされる洪水のような情報があります

私自身の感覚は、それらを受止め、対処する・処理することに忙殺されることになります

たしかにこれらの情報あってこその、日々の生活です

多くの情報を処理し、自身の行動に結びつけることによって、日々の生活をより賢明なものへと近付けていく、洗練していくことができる、と考えているのもたしかです

論理的にはまったくその通りなのですが、しかし、これまでの人生を振り返って、我ながら良い意思決定をした、我ながら賢明な判断だったということは、およそ論理を超えたものである場合が多いということに思いいたるのです

論理を超えた、とかたいそうな表現を使っていますが、要するに、およそ論理的ではない、一見ばかげた意思決定であったということです

直観、とはべんりな言葉です

それを私なりに表現してみれば、

「あいまいな、しかし確たる(ちょっと矛盾した)感覚が」

といったものです

そういった感覚を得て、なおかつ、それを行動に移したとき、あとで考えると実に適切な、自身の欲する方向へと向かう意思決定であることに気付くことがままあるのです

(きょうはここまで)

(ばへっと)

posted by SHOJI at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅と直観シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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